大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和43年(行ウ)1号〔3〕 判決 1981年3月24日

新潟市小新二四三九の一四二

原告

池田敏也

右訴訟代理人弁護士

中村洋二郎

中村周而

工藤和雄

新潟市営所通り二番町六九二の五

被告

新潟税務署長

高畑甲子雄

右指定代理人

都築弘

荒井一夫

吉岡栄三郎

外川利徳

関秀司

渥美正弘

中村登

神林輝夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和四〇年分所得税について昭和四一年一一月一〇日付で更正および過少申告加算税賦課決定(以下「本件処分」という。)はいずれもこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は肩書住居地で貨物運送業を営んでいる者であるが、被告に対し昭和四一年三月一五日付で昭和四〇年分所得税について事業所得金額を金二八万〇八八五円、繰越損失を金一二万五一三一円、差引所得金額を金一五万五七五四円、申告税額を零とする確定申告をしたところ、被告は同年一一月一〇日付で所得金額を金六三万五二四〇円、所得税額を金四万四七〇〇円とする更正および過少申告加算税額を金二二〇〇円とする決定(本件処分)をし、その決定通知書はそのころ原告に送達された。

2  しかしながら、原告は昭和三九年の、いわゆる新潟地震で家屋が全壊するという被害を受けて仕事に打ち込めず、昭和四〇年中には申告したとおり金二八万〇八八五円の所得しかなかった。にもかかわらず、被告は原告について金六三万五二四〇円もの所得があるとして本件処分をしたのであり、このように本件処分は存在しない所得が存在するとしてされたものであるから違法である。のみならず、本件処分は、被告において原告が新潟民主商工会の会員であることを嫌悪し、民主商工会に対する攻撃の一環としてされたものであり、「結社の自由」を保護する憲法第二一条に違反する。

よって、原告は被告に対し本件処分の取消しを求める。

二  被告の答弁

(原告の請求原因に対する認否)

1 請求原因第1項の事実は認める。

2 同第2項は争う。

本件処分は税務調査の結果後記のとおり原告について申告額以上の所得があると認定されたためおこなわれたものである。そして、新潟税務署において原告につき税務調査をする必要があると認めたのは、新潟市およびその周辺においては、昭和三九年の、いわゆる新潟地震に伴う災害復旧工事のため原告の営む貨物運送業界は一般に活況を呈している筈なのに原告の昭和四〇年分の所得の申告額がその営業規模に照らして余りにも低額で、申告にかかる所得金額に疑問があると判断したからであり、原告が新潟民主商工会の会員であることに着目したためではない。

(被告の主張)

1 原告の住居地を管轄区域に持つ新潟税務署では前記のような理由から原告について税務調査をする必要があると判断し、昭和四一年八月二日午前一〇時ごろ、所部係官が原告方に臨場したが、このときは、原告が風邪で床に就いていたため調査を実施することはできなかった。そこで、所部係官は翌三日、再び原告方を訪れたが、原告は不在で面会できず、所部係官は応対に出た原告の妻芳子に面接し、原告がその営業に関し作成している帳簿類を提示するよう求めた。これに対し芳子のいうには、原告はその営業に関し帳簿を作成してはいるが、これを民主商工会事務局で保管してもらっており、手許にはないとのことであった。そこで、所部係官は翌四日午前一〇時ごろ、再度、原告方に臨場したが、このときは予め電話で連絡しておいたのに、原告も妻芳子もともに不存で面会できず、所部係官は同年九月七日に四度目の訪問をしたときようやく原告に面会できた。このとき所部係官は原告に対し再三営業に関する帳簿類を提示するよう求めたが、原告は、計算資料は民主商工会事務局にあり、手許にはない、といってこれを提示しようとはしなかった。そこで、所部係官は止むなく原告について聴取調査を実施し、その結果、(1)原告の家族数は八人であること、(2)家族の生計費は金月五万円ぐらいであること、(3)車両は六トン貨物自動車二台と乗用自動車一台を所有していること、(4)雇人は運転手一人、助手一人であり、そのうち常雇は一人であること、(5)運賃収入は主として特定取引先である「渡松建設」こと渡辺政一からのものであること、(6)自動車燃料の取引先は有限会社成沢石油店および白勢商事株式会社であること、以上の事実が判明した。そして、所部係官は、帳簿類を民主商工会事務局から取り寄せて提示するよう要請して原告方を辞去し、同月八日と九日の二回、電話で原告に帳簿類を取り寄せたかどうか問い合せたところ、まだ取り寄せていないとのことであった。そこで、同月一二日午前一〇時ごろ、三度目の照会をしたところ、これから取りに行くので午後に来てほしいというので、所部係官はその日の午後、原告方を訪問したが、午前中の電話での応答にもかかわらず、原告および妻の芳子ともに不在であった。

以上の経緯に鑑み、被告は原告の所得金額を実額で算定することはできないと判断し、原告の取引先である有限会社成沢石油店等を調査し、その結果判明した事実をもとにして推計により原告の所得金額を算定し、本件処分をおこなったものである。

2 被告の推計計算による原告の昭和四〇年分の事業所得金額は次のとおりである。

科目 金額

(一) 収入金額 五、九八三、六六五円

(二) 一般経費 三、〇〇三、二〇一

(三) 算出所得金額((一)-(二)) 二、九八〇、四六四

(四) 特別経費 九二一、五五五

(五) 事業所得金額((三)-(四)) 二、〇五八、九〇九

(一) 収入金額

(1) 「渡松建設」からの運賃収入の一部

原告の特定取引先である「渡松建設」について反面調査をした結果、ここからの原告の昭和四〇年三月から同年一二月までの運賃収入は金三五三万〇三三八円であることが判明した。

(2) 右(1)以外の運賃収入

税務調査の結果、原告の昭和四〇年中の収入金額のうち実額で把握できたのは右(1)の運賃収入のみであって、「渡松建設」からの昭和四〇年一、二月の運賃収入およびそのほかの取引先からの運賃収入は不明のままに終った。そこで、被告はこれを推計によって算定したものであり、その方法は次のとおりである。

<1> 原告は営業用貨物自動車二台を保有している。

<2> 原告の昭和四〇年中の燃料等の仕入金額は白勢商事株式会社関係金八六万五九八五円、有限会社成沢石油店関係金二一万七四六二円、計金一〇八万三四四七円でありそのうち営業用貨物自動車に費消されたは金九一万六一八円(ただし、このうち白勢商事株式会社関係分金七六万一三五一円は実額であるが、有限会社成沢石油店関係分は実額が判明しないので、原告の昭和四〇年中の同店からの燃料等の仕入金額に、原告の昭和四一年中の同店からの燃料等の仕入金額金六七万三一八三円中に占める自動車用燃料分金四七万九一六三円の割合七一・二パーセントを乗じて金一五万四八三三円と算定した。)である。

<3> 運輸省新潟陸運局管内における運送業者の実走行一キロメートル(積荷を一キロメートル運搬する場合で復路を含む)当りの平均燃料費および運賃収入(その算出方法は別表1記載のとおりである。)は次のとおりである。

燃料費 運賃収入

六トン車 一二円三〇銭 八七円三七銭

<4> 原告の営業においては、車庫の設備がないため雇人が毎日営業用貨物自動車はその下宿先等へ持ち帰っており、それに要する燃料費はその実走行粁数一日二〇キロメートル、実走行一キロメートル当りの燃料費金一二円三〇銭をもとにして算出すると次のとおり金七万三八〇〇円(円未満切捨)となる。

{20キロメートル×年間稼働日数300日}×12円30銭=73.800円

<5> 原告が営業用貨物自動車の走行に要した燃料消費額金九一万六一八四円、そのうち雇人の下宿先等への持ち帰りに要した分金七万三八〇〇円、実走行一キロメートル当り平均燃料費金一二円三〇銭、同平均運賃収入金八七円三七銭をもとにして、原告の総運賃収入を算出すると、次のとおり金五九八万三六六五円(円未満切捨)となる。

<省略>

<6> 右総運賃収入金五九八万三六六五円から前記(1)の運賃収入金三五三万〇三三八円を差し引くと、「渡松建設」からの昭和四〇年一、二月分の運賃収入およびそのほかの取引先からの運賃収入は金二四五万三三二七円となる。

(二) 一般経費

右(一)の収入金額金五九八万三六六五円に、原告の同業者の収入金額に対する一般経費の割合(以下「経費率」という。)の平均値(平均経費率、その算出方法は後記)五〇・一九パーセントを乗ずると金三〇〇万三二〇一円となる。

(三) 算出所得金額

右(一)の収入金額から(二)の一般経費を差し引くと金二九八万〇四六四円である。

(四) 特別経費

(1) 雇人費

原告の申立てによる昭和四〇年一月から同年一二月までの支給額、合計金七七万円である。

(2) 支払利息および割引料

原告の取引先である新潟信用金庫沼垂支店について調査した結果判明した原告の同信用金庫に対する昭和四〇年一月から同年一二月までの間の支払利息および割引料、合計金三万九〇五五円。

(3) 専従者給与

原告の納税申告書記載の原告の妻芳子にかかる分、金一一万二五〇〇円

右(三)の算出所得金額金二九八万〇四六四円から同(四)の特別経費金九二万一五五五円を差し引くと、原告の事業所得金額は金二〇五万八九〇九円である。

そのほか、原告は昭和三八年一〇月に金三八万六〇五五円で取得した乗用自動車を、昭和四〇年四月に金二七万三〇〇〇円で売却した。したがって、右取得価額金三八万六〇五五円から売却の日までの減価償却累計額金一一万〇〇二五円(昭和三八年分金一万七三七二円、同三九年分金六万九四九〇円、同四〇年分金二万三一六三円)を控除し、その残額金二七万六〇三〇円を売却価額金二七万三〇〇〇円から差し引くと、右車両の売却による損失は金三〇三〇円となる。そして、これを右事業所得金額金二〇五万八九〇九円から控除すると、原告の所得金額は金二〇五万五八七九円であり、本件処分によって認定した所得金額金六三万五二四〇円はその範囲内である。

3 次に原告の一般経費の算出に当って採用した同業者の平均経費率の計算根拠は次のとおりである。

(一) 基礎係数の抽出

新潟市内において、原告と同業、同規模の事業を営んでいる、青色申告をおこなっている個人および法人事業者ならびに白色申告者である個人事業者を対象とし、(1)昭和四〇年中において事業を継続しているものであること、なお、法人については昭和四〇年一月一日から同年一二月三一日までの期間内において概ね六か月以上の期間にわたって該当するもの、ただし、年の中途において転業したものおよび業態の変更をしたものを除く、(2)収支実額調査の結果、申告是認、修正申告是認ならびに更正または決定処分をおこなったもの(ただし、国税通則法の規定に基づく不服申立期間および出訴期間を経過していないもの、ならびに当該処分に対して不服申立てがされ、現在審理中のもの、または訴訟継続中のものは除く。)、(3)収入金額が原告のそれの約〇・五倍(金二八〇万円)以上、約二倍(金一一三〇万円)以下であるもの、以上の条件を満たすものを抽出すると、三件であり、その基礎係数は次のとおりである。

<省略>

ただし、法人の場合は、個人所得に換算するため、法人の経理上一般経費に含まれているところの公租公課のうち法人税、県民税、市町村民税、役員報酬、給料賃金および建物減価償却費等は特別経費に振り替えた。また個人の減価償却については、減価償却の方法を選定しなかった場合には定額法によることと規定されている(所得税法第四九条第一項かっこ書、同法施行令第一二五条)から、定率法で計算された減価償却費は定額法で換算した。

(二) 算出所得率の平均値を求める計算

右基礎係数には例外的数値が含まれている可能性があるから、これを除外するため統計学上一般に認められている標準偏差から限界値を求める方法により、真の平均値を求めるのに有効な係数の上限および下限を求めると、上限値五七・六四二パーセント、下限値四一・九七八パーセントであり、右三件の係数はいずれも限界値内にあるため、これらの算出所得率の算術平均値四九・八一〇パーセントをもって平均算出所得率とした。

なお、標準偏差および限界値(上限、下限)の計算方法は次のとおりである。

標準偏差は、基礎係数と算術平均との偏差を自乗したもの(頁数を消却するため)を算術平均して得た値の平方根であるから、次のとおり五・二二一五である。

<省略>

<省略>

そして、標準偏差に統計学上一般に広く用いられている数倍一・五を乗じて(これによって集団値の九三・三パーセントを包含することになる。)限界値を求め、前記基礎係数の算術平均にこれを加減して上限と下限を算出する。

限度値=標準偏差5.2215×倍数1.5=7.8322

下限値=算術平均4.9810+限界値7.832=57.642

下限値=算術平均4.9810-限界値7.832=41.978

(三) 経費率の計算

算出所得金額(特別経費控除前の所得金額)は収入金額から一般経費を控除した金額であるから平均経費率は一から平均算出所得率〇・四九八一(四九・八一パーセント)を差し引いた〇・五〇一九(五〇・一九パーセント)である。

三  原告の反論

1  被告の主張第1項の事実のうち、昭和四一年八月二日、新潟税務署の所部係官が原告方に臨場したこと、このとき原告が風邪のため床に就いていたこと、翌三日、所部係官が再度原告方を訪問し、原告の妻芳子と面接したこと、同年九月七日、原告が原告方に臨場した所部係官と面接したこと、このときの原告に対する聴取調査で判明したという(1)ないし(6)の事実のうち(1)ないし(4)の事実はいずれも認めるが、右(5)(6)の事実は否認する。

原告の貨物運送業における取引先は「渡松建設」のみであり、ほかにはない。したがって、その運賃収入も「渡松建設」からのもののみである。

2  同第2項および同第3項のいずれも争う。

(一) 収入金額について

昭和四〇年においては、原告は「渡松建設」の仕事しかしておらず、しかも、冬場の一、二月においては「渡松建設」の仕事もほとんどなかった。かりに一、二月の冬場においても他の季節と同様に稼働したとしても、原告の運賃収入は次は次のとおり金四二三万六四〇六円である。

(3月から12月までの運賃収入3,530,338÷10か月)×12か月=4,236,406円

また、原告は零細な下請業者であり、すべて元請負入である「渡松建設」の指定どおりの条件で仕事をしなければならない立場にあるのであるから、被告主張の推計方法は原告には当てはまらないというべきである。

(二) 一般経費について

その実額は別表2起載のとおりである。

(三) 特別経費について

昭和四〇年当時、原告は運転手を二名雇っていた。その賃金は一人一ヵ月金五万円であったが、ほかに盆、暮にボーナスとしてそれぞれ一回金三万円ずつ支給していた。したがって、その雇人費は次のとおり金一三二万円である。

(50,000円×12か月)+(30,000円×2回分)=660,000円

660,000×2人分=1,320,000円

なお、支払利息および割引料ならびに専従者給与は被告主張のとおりである。

(四) 車両の売却による損失について

被告主張のとおりである。

(原告の主張)

1  本件処分は、原告が税務調査に協力しないため、その所得金額を実額で把握することができないとしてこれを推計により算定し、それに基づいてされたものである。しかし、税務調査に協力しないことについて納税義務者に正当の事由があるときは、納税義務者が税務調査に協力しないからといって、推計課税は許されないところ、本件処分に先立ち、新潟税務署においてした税務調査は憲法第二一条に違反し違法であることは前記のとおりである、したがって原告が税務調査に協力しなかったことは正当な事由がある。このように本件処分は推計課税が許されない場合であるのに推計課税をした点において、またその推計の基礎となった資料は右のように違法な税務調査によって収集したものである点において、いずれにしても違法である。

2  次に推計課税は、納税義務者が収支を明らかにする帳簿類を備えていないとか、帳簿類の記載が不正確であるとか、納税義務者が調査に協力しない等のため実額の把握ができない場合に限り許されるものであるところ、原告の場合は、右のいずれにも該当しないから、本件処分は違法である。

3  また推計課税においてその方法が合理性のあるものとして是認されるためには、第一に推計の基礎事実が確実に把握されていること(推計基礎の確実性)、第二にその推計方法が具体的事案に適用し、所得金額を把握する方法として最も適したものであること(推計方法の最適性)、第三にその推計方法はできるだけ真実の所得金額に近似した数額を把握することができるような客観的なものであること(推計方法の客観性)、以上の要件を具備していることが必要である。しかし、本件において被告が採った推計方法は、極めて杜選な資料に基づくのみならず、原告の事業規模やそのおかれている特殊事情を顧慮しないものであり、一般経費率算出の基礎となった同業者の住所・氏名さえ明らかにしないのであるからとうてい右要件を具備しているとはいえない。

したがって、このような方法による推計の結果をもとにした本件処分は違法である。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第六号証、第七、第八号証の各一ないし六、第九号証の一、二、第一〇ないし第二四号証。

2  証人根本修一の証言および原告本人尋問の結果。

3  乙号各証の成立は不知。

二  被告

1  乙第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五号証、第六号証の一ないし三、第七、第八号証、第九号証の一ないし三、第一〇、第一一号証。

2  証人玉木伊和雄、同佐久間竜、同猪浦芳夫、同八木孝次、同神林輝夫の各証言。

3  甲第一ないし第六号証、第一二ないし第二三号証の成立は認める。その余の甲号各証の成立は不知。

理由

一  請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分の適否について判断する。

1  実額による所得金額算定の可否(推計の必要性)

原告が貨物運送業を営んでいることは前述のとおりであるところ、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和四〇年分についてはもとよりそのほかの年分についてもその営業に関し収支実績を明らかにする帳簿類は一切作成しておらず、請求書、領収証等の原始書類も整理・保存されてはいないこと、が認められる。これによれば、仮に税務署の所部係官が税務調査について原告の十分な理解を得、その協力のもとに細密な調査を実施したとしても、原告の昭和四〇年分の所得金額を実額で把握することはとうてい不可能であり、したがって、原告の昭和四〇年分の所得金額は推計の方法で算定するほかなく、被告がこれによったことは違法とはいえない。

2  推計による所得金額の算定(推計の合理性)

(一)  収入金額

証人玉木伊和雄の証言とこれにより真正に成立したと認められる乙第一号証および原告本人尋問の結果によれば、原告は特定の荷主の委託に基づき自動車で一定種類の物品を運搬する、いわゆる特定貨物運送業者であって、実際には主として「渡松建設」こと渡辺政一から委託される砂利、砂等の運搬をしていたところ、原告の住居地を管轄区域に持つ新潟税務署の所部係官が右「渡松建設」について調査したところでは、原告の昭和四〇年三月から同年一二月までの「渡松建設」からの運賃収入は金三五三万〇三三八円であること(ただし、この点は当事者間に争いがない)、が認められる。そして、証人神林輝夫の証言といずれもこれにより真正に成立したと認められる乙第五号証、第六号証の一ないし三、第七、第八号証、証人玉木伊和雄の証言によれば、(1)原告の自動車燃料の仕入先は有限会社成沢石油店および白勢商事株式会社の二店であるところ、昭和四〇年一、二月にも原告は白勢商事株式会社から他の月と金額的に大差のない自動車燃料を買い入れていること、(2)昭和四一年八月、九月ごろ、新潟税務署所部係官が聴取調査をした際、原告はその主要な取引先は「渡松建設」であるといい、原告の妻芳子は取引先のことなら少しは分ると述べ、いずれもその言葉の端に原告には「渡松建設」以外にも取引先があることを臭わせたこと、(3)原告が新潟税務署に提出した昭和三九年分所得税の納税申告書には「渡松建設」以外にも取引先としてその個人名あるいは屋号が記載されていたこと、が認められ、これらの事実に、特定貨物運送業者といえども臨時的に特定の荷主以外の者から物品の運送を依頼されることもないではなく、むしろそれが通常ではないかと考えられることを加味すると、原告には昭和四〇年一、二月中にも「渡松建設」から運賃収入があったばかりでなく、金額的には「渡松建設」からのそれに比してさほどに多いものではないにしても「渡松建設」以外の取引先からの運賃収入もったものと推認することができる(この点について原告本人は、原告の貨物運送業においては、「渡松建設」以外の取引先からの運賃収入は皆無であり、「渡松建設」からの運賃収入も、一、二月は例年他の月の二分の一程度であると供述するが、この供述部分は右認定の事実と対比してにわかに借信しがたい。)。しかしながら、証人玉木伊和雄の証言によれば、新潟税務署の所部係官である同証人の調査によっても、原告の「渡松建設」からの昭和四〇年一、二月中の運賃収入ならびに昭和四〇年当時の原告の「渡松建設」以外の取引先の住所・氏名およびそこからの昭和四〇年中の運賃収入は原告が自らこれを明かそうとしないため判明しなかったこと、が認められ、以上の事実によれば、原告の貨物運送業における運賃収入は、結局、実績でその全部を把握することはできないのであるから、推計の方法で算定するほかはないものというべきである。

ところで、一般に貨物運送業においてはその営業活動の状況は車両の燃料の消費額(または量)の多少に端的に現われその運賃収入はこれと比例的関係に立つと考えられるので、右燃料消費額をもとにして運賃収入を推計するのが最も合理的な方法と考えられるところ、前示乙第五号証、第六号証の一ないし三、第七、第八号証、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第九号証の一ないし三、証人玉木伊和雄、同神林輝夫の各証言および原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、

(1) 原告がその営業用に保有している貨物自動車は六トン車二両であること、

(2) 原告の燃料等の仕入先は白勢商事株式会社と有限会社成沢石油店であり、昭和四〇年中の仕入金額は白勢商事株式会社関係金八六万五九八五円、そのうち貨物自動車用の燃料は金七六万一三五一円、有限会社成沢石油店関係金二一万七四六二円、そのうち貨物自動車の燃料は金一五万四八三三円(ただし、この金額の算定は被告主張の方法による。)計金一〇八万三四四七円、そのうち貨物自動車の燃料は金九一万六一八四円であること、

(3) 原告の事業所所在地(住居地)を管轄区域に持つ運輸省新潟陸運局管内における昭和四〇年当時の運送業者の実走行一キロメートル(積荷を一キロメートル運搬する場合で復路を含む)当りの平均燃料費および運賃収入は、六トン貨物自動車の場合で燃料費金一二円三〇銭、運賃収入金八七円三七銭(ただし、この金額の算定は被告主張の方法による。)であること、

以上の事実が認められる。そして、証人神林輝夫の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告の営業においては、車庫の設備がないため雇人の運転手が仕事が終ったあと毎日その運転を担当する貨物自動車を自己の住居に持ち帰っていること、が認められ、これによれば、右持ち帰りに要する燃料は運賃収入とはかかわりがないものであるから、その実走行キロ数一日二〇キロメートル実走行一キロメートル当りの燃料費金一二円三〇銭をもとにして、持ち帰りに要する燃料費を算出すると、次のとおり金七万三八〇〇円(円未満切捨)であり、右貨物自動車の燃料費金九一万六一八四円からこれを差し引くと、その残額は金八四万二三八四円である。

(20キロメートル×年間稼働日300日)×12円30銭=73,800円

そこで、右燃料費金八四万二三八四円、前認定(3)の平均燃料費金一二円三〇銭および運賃収入金八七円三七銭をもとにして、原告の貨物運送業における昭和四〇年中の運賃収入を推計すると、次のとおり金五九八万三六六五円(円未満切捨)である。

<省略>

(二)  一般経費

証人八木孝次の証言といずれもこれにより真正に成立したと認められる乙第三号証、第四号証の一、二によれば、原告の事業所所在地を管轄区域に持つ新潟税務署で保存している、個人事業者についてはその住所・氏名、業種、申告所得金額等が記録されている「所得調査カード」および税務調査の結果が記載されている調査書綴によって、法人事業者についてはその名称、事業所の所在地、業種、申告所得金額等が記録されている「税歴表」および税務調査の結果が記載されている決議書綴によって、原告と同種の特定貨物運送業を営む青色申告をおこなっている個人および法人事業者ならびに白色申告者である個人事業者のうち、(1)昭和四〇年中において事業を継続しているものであること、なお、法人については昭和四〇年一月一日から同年一二月三一日までの期間内において概ね六か月以上の期間にわたって該当するもの、ただし、年の中途において転業したものおよび業態の変更をしたものを除く、(2)収支実額調査の結果、申告是認、修正申告是認ならびに更正または決定処分をおこなったもの(ただし、国税通則法の規定に基づく不服申立期間および出訴期間を経過していないもの、ならびに当該処分に対して不服申立てがされ、現在審理中のもの、または、訴訟継続中のものは除く。)、(3)収入金額が原告のそれの約〇・五倍(金二八〇万円)以上、約二倍(金一一三〇万円)以下であるもの、以上の条件を満たすものを抽出すると、三件であり、その基礎係数は次のとおりであること、

<省略>

ただし、法人の場合は、個人所得に換算するため、法人の経理上一般経費に含まれているところの公租公課のうち法人税、県民税、市町村民税、役員報酬、給料賃金および建物減価償却費等は特別経費に振り替えたこと、また個人の減価償却については、減価償却の方法を選定しなかった場合には定額法によることと規定されている(所得税法第四九条第一項かっこ書、同法施行令第一二五条)から、定率法で計算された減価償却費は定額法で換算したこと、が認められる。これによれば、右のように抽出されたA、B、Cの三者はいずれも原告と業種、立地条件、事業規模(収入金額)等が近似しており、原告の同業者と目することができる。そして、その算出所得率の算術平均四九・八一パーセントは被告主張のような統計手法による吟味にも耐え得ることは計算上明らかであり、したがって、これを同業者の算出所得率の真の平均値とみて差支えないと考えられる。

そして、算出所得金額(特別経費控除前の所得金額)は収入金額から一般経費を控除した金額であるから平均経費率は一から右平均算出所得率〇・四九八一(四九・一八パーセント)を差し引いた〇・五〇一九(五〇・一九パーセント)であり、右(一)の収入金額金五九八万三六六五円にこれを乗ずると、原告の貨物運送業における昭和四〇年中の一般経費は金三〇〇万三二〇一円となる(ところで、原告は、右一般経費の実額はその主張の金額であるというが、右金額は会計記録その他の資料的裏付けを伴わないものであり((とくに、そのうち車両修繕費およびタイヤ代は一部の資料を手懸として割り出した計算上のものであって、実額でないことはその主張自体から明らかである。))原告本人尋問の結果のみからではこれを認めることは困難である。)。

(三)  特別経費

(1) 雇人費

証人猪浦芳夫の証言とこれにより真正に成立したと認められる乙第一一号証によれば、本件処分について原告から審査請求があったあと、関東信越国税局新潟支部の係官であった証人は昭和四二年四月、審査請求がどのような根拠によるものかを質すため、原告方に臨場し、原告に面接して聴取調査をおこなったこと、その際、同証人は原告の雇人費について雇人の氏名、雇用期間、一日当りの賃金額、残業時間およびその一時間当りの賃金、賞与の支給時期およびその金額、一日当りの酒肴代等を聴き出し、これをもとにして昭和四〇年中の原告の雇人費を計算したところ、金七七万円となったことが認められる(ところで、原告は右雇人費はその主張のとおりであるというが、右金額は賃金台帳その他何の資料的裏付を伴わないものであり、これに副う原告本人の供述も証人玉木伊和雄、同猪浦芳夫の各証言と対比してにわかに借信しがたく、右主張金額をそのまま採用することはできない。)。

(2) 支払利息および割引料

被告主張のとおり金三万九〇五五円であることは当事間者に争いがない。

(3) 専従者給与

被告主張のとおり金一一万二五〇〇円であることは当事者間に争いがない。

したがって、原告の昭和四〇年中の特別経費は右(1)ないし(3)の各金額の合計金九二万一五五五円である。

(四)  車両の売却による損失

被告の主張のとおり金三〇三〇円であることは当事者間に争いがない。

そして、右(一)の収入金額金五九八万三六六五円から(二)の一般経費金三〇〇万三二〇一円、(三)の特別経費九二万一五五五円(雇人費七七万円、支払利息および割引料金三万九〇五五円、専従者給与金一一万二五〇〇円)および(四)の車両売却による損失金三〇三〇円を差し引くと、原告の昭和四〇年分所得金額は金二〇五万五八七九円であり、本件処分によって認定された所得金額金六三万五二四〇円はこれを大巾に下回ることは計算上明らかである。

もっとも、以上のような推計方法ないしその結果には問題点が存主しないわけではない。まず、第一は、原告はいわゆる特定貨物運送業者であって、その主たる取引先が「渡松建設」であることは前述のとおりであるから、原告の運賃収入も「渡松建設」からのものがその主要部分を占めると考えられるところ、右のように原告の昭和四〇年分の収入金額を金五九八万二六六五円とすると、計算上、このなかには「渡松建設」以外の取引先からの運賃収入がかなりの金額含まれることになり(ちなみに、昭和四〇年一、二月においても毎月原告の「渡松建設」からの運賃収入が同年三月から一二月までの実額金三五三万〇三三八円の一か月平均額金三五万三〇三三円と同額あったと仮定した場合、「渡松建設」からの昭和四〇年中の運賃収入は金四二三万四〇四四円で、「渡松建設」以外の取引先からのそれは金一七四万七二六一円となる。)、これからすると、右推計による収入金額は実額を上回っているのではないかとの疑問を生ずる余地があることである。第二は、原告の雇人である運転手が毎日仕事が終ったあとその運転を担当する貨物自動車を自己の住居に持ち帰るのに要する燃料費の算定においては、前述のとおり、その一日の走行粁数、年間稼働日数等、計算の要素となる事項がすべて想定されたものであって、事実に基づくものではないことである。しかしながら、本件においては、原告の所得金額を算定するについて以上のような推計方法による以外により適切な方法を見出すことはできないし、本件処分によって認定された原告の所得金額が右推計によるそれの三分の一をさらに下回ることを考えると、右推計方法に前述のような問題点があるからといって、本件処分を違法なものと断定することはできない。第三は、同業者の平均経費率を算定するについて、被告が、基礎係数抽出のもとになった同業者をA、B、Cとのみ表示し、その住所・氏名を開示しないことである。しかしながら、この点については税務官庁の職員に職務上知り得た秘密を守る義務が課せられている(国家公務員法第一〇〇条、所得税法第二四三条)こととの関係で、被告がこれを開示しようとしないことにも止むを得ない一面があり、右A、B、Cが原告の同業者として抽出される過程に不合理が認められない以上、被告がその住所・氏名を開示しないからといって、直ちにこれをもとにした推計が合理性を欠くに至るものではないと解するのが相当である。第四は、原告の収入金額あるいは一般経費を算定するについて以上のような推計方法によったのでは原告がその営業上おかれている特殊事情が顧慮されないということである。しかしながら、推計課税は、元来、会計記録が存しないか、あるいは存在してもそれが不正確のため納税義務者の所得金額を実額で把握できない場合に一般的な統計資料や同業者率等を用いてこれを推計しようとするものであるから、その性質上、個々の納税義務者がその営業上でおかれている特殊事情を推計の過程で顧慮することは技術的に困難なことであり、右特殊事情がこのような推計方法によること自体を不合理にするほど著しいものであるならともかく、これが同種の業者間に通常存すると考えられる程度のものであるならば、これを顧慮しないことが推計課税の合理性を失わせるものではない。

三  ところで、原告は、本件処分は被告において原告が新潟民主商工会の会員であることを嫌悪し、民主商工会に対する攻撃の一環としてされたものであるから違法であると主張する。しかしながら、仮に被告が本件処分をするについて原告が民主商工会の会員であることを考慮したとしても、前述のとおり原告に所得が存すると認められる以上、原告はこれについて納税義務を免れることはできないのであり、したがって、右のことだけで当然に本件処分が違法となるとは解されない。また、原告は、本件処分に先立っておこなわれた税務調査が右同様の理由で違法であるとして、原告にはこれを拒否する正当の理由があったと主張するが、仮に新潟税務署において原告を税務調査の対象者とすることについて原告が民主商工会の会員であることを考慮したとしても、現実に実施された税務調査の手段、方法が通常実施されている範囲を超えたものでない限り、右のことだけで直ちに税務調査が違法となるとは解されないところ、証人神林輝夫の証言および原告本人尋問の結果によれば、本件において新潟税務署が原告について実施した税務調査は、所部係官が原告方に臨場して帳簿類の提示を求め、あるいは原告やその妻芳子に面接して聴取調査をしたまでであって、それ以上のものでなかったことが認められる。

四  よって、原告の請求は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柿沼久 裁判官 大塚一郎 裁判官鈴木ルミ子は差支えのため署名押印できない。裁判長裁判官 柿沼久)

(別表1)

平均運賃収入計算表

1 粁程区分別実走行一キロメートル当り運賃計算表

<省略>

2 実走行粁数一〇〇キロメートルまでの間における一キロメートルの平均運賃収入の計算

右運賃計算表による実走行一キロメートル当りの運賃合計(欄)を粁程区分の数の二四で除して得た数値が求める平均運賃収入の額である。

算式

(実走行1K当り運賃合計) (粁程区分の数)

2,097円÷24≒87円37銭

(別表2)

経費実額明細表

<省略>

(付表(一) 車輌修膳費およびタイヤ代内訳書

<省略>

付表(二)

車輌の償却費内訳表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例